2026年2月27日に、萩原先生と研究室メンバー(M1・2名、B3・8名)で神奈川県真鶴町へまちあるきに行きました。今回のまちあるきは、以下の2点を目的に実施しました。
⒈真鶴町で定められている「美の基準」とまちの景観から、美の基準が実際の空間にどのように落とし込まれているのか観察する。
⒉「真鶴出版」をはじめとする近年の創造的な活動の展開に触れる。
今回はまちあるきに参加したM1福田から報告を行います。
基準の「寛容さ」がまちを守る
港側から真鶴町の街を見ると、見渡す限り高層建築はなく、起伏のある地形に沿って、さまざまな色彩の低層建築や風合いのあるトタン屋根、豊かな植栽が折り重なるように建ち並んでおり、その景観にはどこか懐かしさを覚えるような独特の魅力が感じられました。
このような真鶴町の景観は、「美の基準」と呼ばれる独自の考え方によって、30年以上にわたって守られ続けています。1980年代後半以降、全国的に進んだリゾート開発やマンション建設の流れから、真鶴町を守り、次世代へ継承していくために、美の基準は定められました。
美の基準の大きな特徴は、建物の形態・意匠を数値的基準により規制するのではなく、詩的でイメージしやすいキーワードによってまちなみの方向性を示している点にあります。実際に、先述した港側からの景観も、「斜面に沿う形」「ふさわしい色」「覆う緑」「懐かしい町並」「舞い降りる屋根」といったあたたかみのあるキーワードとともに、図や写真により表現されていました。
数値的基準による規制は、専門知識をもたない人にとってはイメージしづらく、距離感を感じさせるものになりがちになります。その点、美の基準のように、誰にとっても想像しやすい共通言語があることで、単にまちなみを「守る」ことにとどまらず、真鶴町に関わる一人ひとりが真鶴の良さとは何かを考える契機になっていると感じました。
このように、「美の基準」は景観を合理的に縛る「規制」ではなく、それぞれの価値観を尊重しながら町の魅力を守る「寛容さ」を備えています。このような柔軟かつ良い意味で非合理的な考え方こそが、まちについての積極的な協議を生み出し、今日まで真鶴町のまちなみが大切に受け継がれてきた要因の一つであると感じました。
新たな動きとこれからの美の基準
「美の基準」ができてから30年が経過した現在、人口減少・高齢化など縮小していく社会の中で、美の基準はまちを守る役割から一歩進み、まちの個性としての役割がこれまで以上に求められます。
近年の真鶴町では、美の基準により学生や若年層からの関心が高まり、移住者が増加傾向にあります。一方で、従来からの不動産所有者のまちへの意識が高く、移住希望者が不動産を獲得するのが容易ではない現状があります。この状況は真鶴町特有のものではなく、リノベーションまちづくりなどを進める地方都市などにおいても共通して見られます。しかしこれらの都市と真鶴町が大きく異なる点は、そうした移住のハードルの高さが、結果的に移住者を選別するような役割を果たし、まちを守ることにもつながっている点にあります。このような「①美の基準の独自性による若年層を中心とした関心の高まり」と「②美の基準に基づくまちへの防衛意識の高さ」が、従来の真鶴町のまちなみを守りつつも、近年の創造的な活動の活性化に寄与しているのではないかと感じました。
所感
近年、コンパクトシティ、ウォーカブル、リノベーションまちづくり…など都市や地域を取り巻くキーワードは多くありますが、これらは主に地方都市の活性化などに焦点が当てられています。今回これらの地域とは特性が大きく異なる真鶴町をまちあるきしたことで、都心部や地方都市とは大きく異なる現況や課題を肌で感じ、学ぶことができました。これからも都市計画やまちづくりの理論を体系的に学んでいくのに留まらず、個別的な事象にもより一層目を向け、様々なスケールのまちづくりを学んでいきたいと感じました。



